人間の「食性」に適った食行動によって得られる、健康効果を解説。この「食性」から逸脱した食習慣は生活習慣病の温床であり、QOLの悪化を招くことを身体で理解する事が重要である。

「命」の輝きを忘れない!「健康」は宝です!! 「病」を癒し、病院と縁を切る為のガイドブック

第七章「代替療法」

  前ページ <<             >> 次ページ


第七章「自然医食療法」予防医療の根本

 森下 敬一医学博士が、腸管造血説に基づく自然医学を提唱し、生涯をかけて自然医学の普及に尽力された。お茶の水クリニックを、1970年に開設以来、一貫して「癌や生活習慣病の自然医食療法」すなわち【玄米菜食】の指導と診断を実践してきたが、残念ながら2019年にお亡くなりになられてクリニックは閉院してしまった。(合掌)

【自然医食療法とは?】

 現在の日本を覆う閉塞感は、何が原因であろうか。様々な要因を挙げる事ができるだろうが、根本の原因は、国家予算の50%を医療費に費やし、少子高齢化に歯止めがかからない現状では、国の衰退も致し方がない。しかし、やるべき対策をやり尽くした結果であるならば、納得も行くのだが、国の無為無策どころか、国の衰退を意図して、そこに誘導しているかのような、政策の連続であることに、国民は刮目せねばならない。

 1980年に森下氏は、参考人として国会に招聘されて証言を行い、腸管造血を基本とした、医療制度改革を訴えているが、無視され続けて、様々な活動も、国の根幹を変えるという意味では、その取り組みは徒労に終わっている。氏は国を挙げて、食事改善を行えば、医療費は現状の百ぶんの一に抑えることができると訴えておられた。そうなればどれ程の経済効果が出てくることか想像もつかない。

 国民の血税を食い物にする、医療利権、製薬利権、また大手の食品メーカーは権益を失い、真の国民国家が誕生するであろう。在る意味、現国家体制の崩壊であるが、国民の利益に反する政策を続ける、無能な国のリーダーたちは、退場してもらわねばならない。

 それはともかく、代替療法に切り替える決断をすると、一切、現代医療との関わりを絶つ人も出てくるが、これは宜しくない。血液検査など簡単な診察を受けて、現状を把握することは重要であり、改善が進んでいる事の確認が、感覚ではなく指標として数字で明らかになると、励みにもなり安心できるからだ。

 本来ならば、最新の検査方法や機器等に頼ることなく、健康管理は自分自身でするべきであるし、できるものなのである。そもそも、そのように肉体は、「声なき、声」で警報を発信しているのであるが、自然から乖離してしまった我々には、感じ取ることができない。

 単純な話、体調不良や、風邪、インフルエンザなどは、病氣ともいえないほどの軽微な不調であるのだが、その様な肉体からの情報を、警告と受け止め、何が原因であるかを嗅ぎ分けねば成らない。ただの偶然であるとか、ウイルスや細菌に原因を求めているから、根本治療が進まないのである。真実は食の間違いによる「免疫力」の低下によって肉体が疲弊し、炎症体質によってもたらされるのである。

 今回のパンデミック騒動にしても、事の本質を理解していれば、大騒ぎするほどの事ではないことを認識できるし、マスコミや政府の、国民の恐怖を煽るような誘導にも、動ずる事のないメンタリティーを持つことができたのにと残念でならない。


伝統和食を中心に据えた【食事改善法】 

 ガンなどの生活習慣病の治療や予防には、自然医食療法を実践し、クスリや現代医療に頼らずに、普段の食生活を正しい食習慣に切り替える事で、病気の予防、改善、治療を行う食事法であるが、余命半年であるとか、三か月などと宣告を受けた人でさえ、最後まで現代医療の治療に縋り付こうとする姿勢は、理解できない。現代医療に見放されたのであれば、代替医療を試みてみる事が本筋だと思うのだが、そういう人は多くはない。

 不自然食による体内汚染が、生活習慣病の主たる原因であるのだが、現在では食によって病氣にもなり、健康を回復することも可能であると云う事が、常識となりつつあるが、未だそう云う事には関心を示さない人も多く存在する。

 理屈で理解していても、これまでの習慣から抜けられない人。或いは、食によって病氣が治るという事実を全く信じない人。また、美味しいものを求めて、東奔西走する美食家など。何れにせよこの様な人々は、病を得て苦しむことになれば、医療機関を頼り、権威にすがるしか対抗手段を持ち合わせていないであろう。

 健康を害するものを食した時、すぐに不調が表れるのであれば、話は早いのであるが、その様な原因物質が蓄積して、許容量を超えるまで不調が現れる事はない。数か月から数年を経て不調が表れるので、その原因が食であることに気付くことなく、見過ごされてしまう事になる。

 物事には必ず因果律が存在する。不調があれば、その不調の出所を探る癖付けが大切で、不調の大部分は食害であることが多い。「食が血と成り、肉となる」と云う事が社会の常識となり、人々が生命力に満ち溢れた食材選びに奔走すれば、世の中の不適切な加工食品の大半は淘汰されるであろう。要は、国民の多くが正しい食を求めれば、世の中を変えることも夢ではない。

 具体的には、これまでの食の傾向を精査して、問題点を探り当て、体質チェックを行い、個人の体質に合った食事法によって、自然医食療法の基本である「浄血」を促す自然食で、体質改善を行えば、自然と健康を取り戻すことができるようになる。

 その浄血を行う基本となるのが、生命力に満ちた食物を選び、摂取することで、血液は浄化され「活力」に満ちた血が全身を巡ることになり、慢性炎症の脆弱な組織細胞は蘇り、「真の健康体」を取り戻すことも可能となる。

 生命力に満ちた食材とは、主食である米を粕から、玄米に変える事である。粕とは、言うまでもなく、米を白くすると粕になる白米の事である。胚芽や表皮を失った米は、子孫を残す事ができない。その様な生命力を失った白米を主食にするから、不調を招くのである。
 
 「いのち」の「ともしび」がある限り、生命は生き延びる手段を模索し続ける様に宿命づけられているものである。それには、生命力旺盛な、活力のある血液を届けてやらねばならない。そうすることで全身の細胞は、生き延び様と精一杯の努力を始めるのである。

 逆に「生存の原理」に反したあなたの生き方によって、悪化した体内環境下では、血液や組織細胞は、崩壊してその環境で生き伸びる事の出来る、細菌やウイルスへ姿を変えて生存を試みる。だからこそ、徐々に体力が衰え「いのち」が尽きて、腐敗菌によって最後は土に還る。


【玄米雑穀】の生命力を戴く

 主食という概念が希薄になって久しいが、本来主食とはそれ自体で栄養のバランスが完璧で、生命力にあふれた植物が担う事になる。それが未精白の穀類である。

 一日三十品目と目標を掲げているが、命を文字通り削り取ってしまった、白米が主食であれば、それでも不足であろう。玄米の生命力とは、胚芽の部分と糠の成分に含まれた成分に、残された胚乳(白米部分)の炭水化物を処理し利用する為の、様々な栄養成分が、未知の成分も含め備えられている。

 それこそが次世代の命を育む生命力の根本なのである。ところが人間の手が加わる事で、命は失われ豊かな風味や滋養が消失してしまう。それはひと噛みで、底の浅い、薄っぺらな味が拡がっていくのですぐに解るようになる事だろう。このような滋養のない、希薄な味を補うのに、添加物によって濃い味付けがなされた副食のおかずが沢山並べられて食卓を彩ることになる。

 病氣の治療食としての主食は、大切な意味を持っている。病気というのは、不自然食によって、引き起こされる代謝異常が原因の大半を占める。糠を削り取った炭水化物だけの白米では、それを処理利用する為の栄養成分が決定的に、不足し代謝が滞り血液の酸毒化を招き、生活習慣病の原因となる。

 この異常な状態を整えるには、生理に適った栄養成分を有する「神様の贈り物」である玄米が最適である。ここで栄養成分の詳細を論じても意味はない。何故ならば、栄養分析値で示せるところには、生命力は存在しないからだ。

 一粒の種子から百倍、何千倍という子孫を育む逞しい生命力は、自然の全てが渾然一体となって培われたもので、何一つ欠けても完全な命には成れないからだ。

代謝異常による多臓器不全 の治療

 生活習慣病がこじれると、多臓器不全により重篤な症状を呈する事になるが、治療は実に簡単明瞭で、食を改めるだけなのである。酸毒化した血液は、臓器の炎症を促進するのみで、修復など望むべくもない。

 食を変えることで、腸内環境を腐敗型から還元型に、一変させる事で活力旺盛な赤血球が生産され、酸素不足に陥った全身に、新鮮な血液で酸素を送り込み、活力に満ちた血液は隅々に行き渡り、組織の修復を活発に行うようになる。

 ここで難しいのは、常識に囚われた心の意識改革で、主流ではない治療法に身を委ねる不安が、頭をもたげ権威ある?医療に頼ってしまう事が多いが、その権威は幻想でしかない。

 病気の何たるかを理解できたならば、確固たる信念を持って実践するだけで良い。気力体力があれば、食を断つ断食療法も有効なものだ。
 
 治療の中心となるのは、玄米雑穀の主食を六割にして、副食は季節の野菜がメインとなる。症状の重さによって、主食の割合を多くしていく。動物性の食物は治療中は排除すべきである。玄米は調和のとれた完全食である為、身体の不調和を整える働きが強烈だ。

 先に示した様に何度でも述べるが、玄米の強い生命力によって、糖質を処理、利用する機能性が維持された状態で、摂取されることで体の負担が軽減され、活力旺盛な血液が全身を巡る。

 これにより組織の修復が図られ、質の良い細胞が全身に蘇り、体質改善が行われる。症状の回復に伴い、副食を増やして体力の回復を促す。過食、邪食は厳禁である。
 

塩の重要性

 塩は生命の基幹物質である。塩化ナトリウムの化学物質は有害であるが、家庭で精製塩を使っている人は、即刻やめたほうが良い。
 本来の塩は、生命を育むのに欠かすことはできない。生命の誕生に関わった海のミネラルが、今も豊富に含まれる海水から作られた、バランスの良い塩は、体調を整え、健康を維持するのに欠かせない物質である。

 そもそも自然界には純粋な物質は存在せず、薬はもともと薬効のある薬草から、薬効成分を取り出して薬とした。今では石油由来の化学合成した薬剤が主流である。天然由来の薬であっても、純粋にすれば毒となってしまう。酸素でさえ純粋なものは猛毒である。

 間違った疫学調査により、塩が悪者にされてしまい、誤った生命観による、減塩思想が一般化した事で、塩分不足の影響が社会に蔓延している。低体温症はその代表だが、生命力の低下や活力不足は深刻である。

 塩は代謝を司る、重要な成分である。食の誤りに加え、塩不足からもたらされる異常な状態は、日本人の体力を著しく脆弱なものにしている。これはスポーツの国際大会で、日本人の活躍が少ない事にも現れている。これはスポーツにとどまらず、国民全体の健康や国の活力に関わる一大事でもあるのだ。


運動療法の重要性

 活動量が旺盛な若いうちは、さして気にも留めないであろうが、四十を過ぎると少しずつ、少しずつ体力が衰え、筋肉量が減ってくる。これは深刻な状況であり、加齢とともに筋力不足が顕著となり、これによって起こる転倒事故が、生活の質「QOL]を低下させることになる。

 そうゆうこともあり、昨今はフィットネスジムが隆盛であるが、間違ってならない事は、健康法としての運動は、大切な一要素であり、生活の質「QOL]を維持するために大切ではあるが、健康を創造するのは、正しい食生活でしか成し得ない。即ち、これまでの刷り込まれた常識を覆す「意識改革」をする以外に方法はなく、その事は普通の人にとっては、途轍もなく高い壁に感じてしまうようである。

 何故ならば、何十年も間違った食環境で生きてきても、恒常性維持機能により守られている肉体は、多くの場合何の支障も無いように見えてしまうが、その実態は、数十年をかけて肉体を蝕み、臨界点を迎えた所で、恒常性維持機能は破綻し、病魔が襲ってくる事態に見舞われるのである。

 数十億年の生命進化の歴史を辿れば明らかなように、「いのち」はどんな環境下でも、すべての能力を使い、生き残りを図ろうとする本能を備えている。その最終段階で登場した人類もまた、そのような機能を備えた、微生物の集合体であるから、最も優れた「生き残り戦略」を持っていると言っても良さそうである。その証ともいえるのが、他の動物と比較しても圧倒的な長寿を持っていることが挙げられる。

 そして、人間の個人の意思とは裏腹に、最悪な食環境であろうと、そのシステムが働き、その「生命」を最高の状態に導くようにできている。それが本能で生きている微生物の使命だからである。人間は欲に溺れ、しばしば脱線するが、それを正す為のサインが「体調不良」であり「病気」の本質なのだが、本能を忘れ、直観力を失った人々には、その事に気づく術はない。

 不調の回復のために、手っ取り早く取り入れられるのが、健康法としての運動であるが、運動療法が重要であることは認めるが、絶対ではない事を知って欲しい。その健康効果よりも、間違った食による悪影響の方が上回るからである。運動療法だけでは片手落ちであり、食事療法と併用しなければ、その効果は限定的となる。

脊椎矯正運動

 脊椎を柔軟且つ強靭にすることで、全身の氣の流れを活性化させることが可能となる。さらに天地の氣を、体内に効率よく取り入れる方法としても、発展させることができる。

 それは全身をリラックスさせる準備運動の後、背骨を前後左右にしならせ、また捻るという運動を繰り返すことで、脊椎の歪みが矯正され滞っていた氣が流れるようになる。

 そして天地の氣を取り入れられるようになると、さらに全身に氣が充実して、生命力が強化され調和へと向かう。強めの運動ができない場合でも、簡単にできて良い運動になる。

  • 腰から、上の上半身を前後にゆする。
    • 両足を肩幅に開いて立ち、背骨を伸ばした状態から胸を張り、
      体を45度から90度前屈する。
    • 前屈 したところで背を丸め、その状態を維持しながら、顎を引いたまま、腰の方から徐々に背骨を伸ばしながら直立し、最後は天井を見ながら顎を伸ばして後傾する。
    • これを一連の動作として10回ほど繰り返す。
  • 腰から、上の上半身を左右にゆする。
    • 両足を肩幅に開いて立ち、腰から、上の上半身の側面をストレッチする様に伸ばし、その状態を保ちながら、反らして伸びた方へ、腰からスライドさせる。
    • スライドしたところで、弓状に反っている背骨を、逆方向に反らして、反対方向にスライドさせる。
    • これを一連の動作として10回ほど繰り返す。

この一連の動作だけでも気の流れが正されて、氣が充実するのを感じる事が出来るかもしれない。仙骨から頭頂までの脊椎の中心は命の中心でもあり、これをしなやかに保つことは、健康の基本といっても良いだろう。


  前ページ <<             >> 次ページ


 

powered by HAIK 7.3.8
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. HAIK

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional