人間の「食性」に適った食行動によって得られる、健康効果を解説。この「食性」から逸脱した食習慣は生活習慣病の温床であり、QOLの悪化を招くことを身体で理解する事が重要である。

「命」の輝きを忘れない!「健康」は宝です!! 「病」を癒し、病院と縁を切る為のガイドブック

命は台所で創られる

命は台所で創られる

「命は台所で創られる」と云われるが、台所を預かる役目を担った者の責任は、自分や家族を守らねばならない責任を負うことになる。その為に必要なのは、連綿と受け継がれてきた民族の知恵なのだが、教育力を失った家庭や地域社会からは、その様な知恵が失われつつある。

 ある研究者は、戦後の社会から教育力を奪われた結果、文化が失われてしまっていると云っている。戦後八十年を経て顕著にそれが表れているのであろうが、それはすでに、幕末の急激な外圧によって、西洋化を推し進めねば、外国勢力に蹂躙されたであろうことを思うと、致し方のない事情はあったが、切り捨てる必要のない伝統文化を切り捨て、西洋の思想を取り入れた事に端を発している。敗戦によって、益々 加速度を増した西洋化は、日本の破壊を目論む勢力によって、計画的且つ巧妙に推し進められており、現在その最終段階にあると思われる。

 話を元に戻すと 日々摂取している食物が肉体を栄養している。栄養とは「命を守る働き」の事で、その命を守る体の仕組みに必要な物質が、日々の食事から取り入れる各種の栄養素である。しかしながら、現代食はその命を守るための栄養素が決定的に不足している。更に加工食品による化学物質の害は、体に蓄積して臓器を損傷するのだ。その代償は数十年を経て、慢性病の癌や認知症となり、老後は悲惨な末路を辿る事になる。

 折角の人生の最終章が、思い描いた計画とは正反対の、家族から疎まれる厄介者になるのである。それまでの人生が家族を大切にする生き方であったならば、家族によって、大切に介護されるであろうと思うが、核家族化が進行した現代に合っては、施設送りになる確率の方が極めて高くなる。そうなれば医療ベットや車いすに括り付けられて過ごすだけの老後しか見えてこない。

 民族の知恵とは、目新しい先進的な技術ばかりをを尊重するのではなく、数千年、数万年を語り継がれ、廃れることなく受け継がれている叡智の事である。数十億年研ぎ澄まされた生命の本質は時代が移り変わろうとも、数千年単位の時間軸では揺るぎ様がなく、その貴重な知恵を、浅はかな科学技術によって否定しようとする態度は、本質を学ぶ事を奪われ、知識偏重の教育しか受け入れてこなかった人間の、無知が招いた傲慢な生き方を表している様に見えてしまうのは私だけではあるまい。

 その様な教育を受けた我々に責任はないのであるが、何が問題かと言うと、戦前までの教育は徳を積むことに力点が置かれていた事にある。例えば二宮金次郎(尊徳)は「私利私欲に働くのではなく、社会に貢献する行いをすれば、必ず自らに還元される。」と説き、生涯において経済と道徳の融和を訴えた人物である。簡単に表現すると「社会貢献」する生き方を求められたのである。

 その様な教育の破壊によって、この国の指導層の質は暗澹たる様相を呈している。我々庶民の生き方も個人主義がはびこり、生きずらい世の中になってしまっている事は否定できない。自ら考える事を拒否して、与えられる情報を鵜呑みにして、間違った方向に誘導されてしまう事を余儀なくされているのである。何が真実かを見極める見識を育てないと、この国は滅ぶ道しか残されていない。

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