人間の「食性」に適った食行動によって得られる、健康効果を解説。この「食性」から逸脱した食習慣は、生活習慣病の温床であり、QOLの悪化を招くことを身体で理解する事が重要である。

「命」の輝きを忘れない!「健康」は宝です!! 「病」を癒し、病院と縁を切る為のガイドブック

要不要の法則

要不要の法則

 ここで言う、要不要の法則とは、人間にとって不要なるものを食として選択するとき、肉体は全力を挙げて、その生命力を使い、その不要なるものを排除しようと働く。それには非常に大きなエネルギーを使い、本来する必要のない負担を体にかけてしまうことになる。それで肉体が疲弊し、抵抗力を失い、病むという愚かな愚を犯している。

 生命は食べた物の結果である。その摂取する食物の質によって、頑健な肉体であるか、虚弱体質であるかは決定付けられてしまう。例えば、肉食は非常に体に負担をかける食体系と言わねばならない。その肉食の害を取り除くためには、人間に蓄えられている生命力が無駄に浪費され続ける。肉食に限らず、全ての不自然食に通じる。その十重二十重の無駄の連鎖が、心身を消耗させる最大の原因である。

 つまるところ、消化吸収に多くのエネルギーを消費し、良かれと信じて摂取した食物が、粗悪で汚染された物であれば、それを無 害化するために、更なる貴重な生命力とエネルギーを振り向けねばならないのである。尊い生命力とエネルギーの途方もない無駄使いの連鎖が止まらず、心身が疲弊し、豊かであらねばならない貴重な人生を無駄に浪費する事になる。

 人間は食を断たれて、長くて二か月から三か月の間、生きていられるだけの生命力をその肉体に宿している。つまり、何も食べられない状況では、ニ 三か月しか命は持たないのである。いや、寧ろ、何も食しなくとも三か月も生きるだけの生命力を宿していると言う方が正しいのかもしれない。つまり、人間の食性に適った食物を摂取する事で、その生命力は維持・強化され、頑健な肉体と知性を身につける事が可能となり、人生を豊かに生きることが約束されるであろう。

 その生命力は、肉食や不自然な化学物質で味付けされた汚染された食を摂ることによって、日々削られていくことになる。それでもとりあえずは、食料としての最低限の栄養素が含まれているので、悪食をしたとしても数年、数十年生き延びるだけの体力は維持できる。しかし、先ほど述べたように、頑健な肉体を維持できるというには程遠く、最低限のクオリティーが維持されるのみである。つまり、三か月蓄えられている生命力を悪食によって喰いつぶし、懸命に働いて、楽しくあらねばならない晩年の平均十年が、介護生活を強要されている事と同義である。

 そんな状態で、まず最初に現れるのが、なんとなくだるい、元気が出ないといった様々な不調となって、その不適切な食の過ちを正そうとする警告を発しているのだが、それを無視して放置する限りにおいて、不調は病となって姿を現し、その不摂生が正されない限り大病を患う結果となる。肉体や精神が不調を訴えるとき、それはあなたへの警告と読み取らなければならない。

 現代人は、便利さを求める余り、命を養う為に必要な栄養素を削り、化学物質を添加する事で賞味期限を延ばし、汚染食を流通させている。人間の「食性」に適合した生きた食によって「足るを知る肉体」は、過不足のない栄養が与えられてこそ、充分な生命力が維持でき、過食や飽食に耽る事も避けられる。栄養不足の食を補う為に、空腹でもないのに摂食坑道を促され、それでも足りず、もっとモットと過食傾向を強めているのが現代を生きる多くの人々が陥る罠である。

 人体にとって不要な不自然食を摂取し、大切な生命力を浪費しながら、心身を損耗しても尚、更に求める姿は、蛇が自分の尻尾を飲み込もうとする姿にも似ている。蛇がそうするのは、飼育環境下でのストレスが原因とされているが、人も又過剰なストレスに晒される事で理屈に合わない行動を取るのであろうか。

 正しい食とは、健やかなる心身を保つ必要最低限の、多くも無く少なくも無い「命の食」の選択によって、無駄なエネルギーは何一つ使わず、健全なる心身を構築するために生命力を蓄え、何事にも動じない頑健なる心身を育む事に貢献してくれるのが本来の食が持っている役割である。生命に必要なものを与えてあげる事で、疲れ知らずの、病とは無縁の本来の生を 全うする事が可能となる。

循環医食療法】の真実

 循環医食療法とは、人間に本来備わっている恒常性維持機能である。自然治癒力と言い換えても良い。人間に与えられている、生命の根源を呼び覚まし、自らを修復する能力を最大化する作業を「循環医食療法」と言う。

 この三次元世界の地球上では、肉体と精神は融合して一体である。物理法則によって支配され、時が来れば肉体は崩壊し土に帰る。精神も又、跡形も無く消え去るのであろうか。物質も精神もその大元は「エネルギー」である。物質のエネルギーは、アインシュタインが証明した。

 心即ち精神も又、エネルギー体である。「虫の知らせ」であったり、「以心伝心」を信じている人も少なく無いが、これは証明が難しい。心や精神を生み出すエネルギーは検知限界を超えた、余りにも精妙なエネルギーであり、検知機器を使っての証明ができないのだ。だが、誰しも「心の働き」を持っており「意識や潜在意識」の存在を疑う事をしない。只それを証明するに足る技術が未だ未熟なだけに過ぎない。

 だからこそ「氣」で病気を治療すると言えば、途端に怪しさ満載となる。しかし「病気」と言うのは気の病である。溢れ出すエネルギーを「氣」という感じ一文字で表現している。病気の「気」は〆の字を用いており、溢れ出る「氣」を閉ざすから「気」と言う。即ち、氣が滞り肉体が病むのである。つまり心の働き、あなたの想いによって、全ては生み出されてしまうのだ。食性に適った正しい食があるにもかかわらず、欲に翻弄されて悪食に耽る事が、不調や病の根本原因である。

 これは決して言葉遊びではない。漢字は表意文字であり、言葉や漢字には「言霊」が宿っている。うっかり発した何気ない言葉により、人を傷つける事が起こるが、それこそが言霊の持つエネルギーである。同じように、自然食とは天からの恵みを凝縮したエネルギーが宿り、人を癒す生命力が詰め込まれた神様からの賜り物であり、その質の善し悪しが人生の違いを際立たせる。

 そんな基本的なことも忘れ去って、何故に病むのかが理解できず、医は仁術が失われて久しい医療制度を頼みとする事で、人は益々病むと言わざるを得ない。古代ギリシャの医聖ヒポクラテスも「人間は百人の名医をその体内に宿している」と喝破している。最大で三か月生きられる生命力の備蓄量は、日々の補充が大切で、良質の食が健全な心身を創造する。

 私達がやるべき、唯一の事は「自分自身を癒す力の根源」をその意志を以って、肉体に授けるだけでよい。それは學ぶことでしか成し得ない。今を時めく「AI」に答えを求めても、この答えは返ってこない。膨大なビッグデータの中から、最大公約数の答えをはじき出す事しか出来ないからだ。真実を歪めている力の存在もあるが、そもそも現代科学は、真理を解き明かすだけの技術を持つに至っていない。それは当然の如く、人類の遥か以前から宇宙は存在し、その全容はまるで漆黒の闇に包まれている。

 しかし、人間の技術で証明できない事を社会に認知させることは難しい。未だ未熟な科学技術であるにも拘らず、人々は.宇宙のほとんどの森羅万象を現代科学が解き明かしているかの様な錯覚に陥っているが、その実態は足元の身近な生命の事さえ謎だらけである。科学万能の因習に 囚われている限り、覚醒には程遠いと言わねばならない。常識を打ち破る発想が求められており、常識からは何ものも生まれない。

 「循環医食療法」とは、生命に備わっている、四十億年の生命の歴史の結晶であり、それを見極めてきた、先人の智慧であり、数十万年の人類の叡智に外ならない。それを想い起こさせ、開放する技術が、命を巡らせる「循環医食療法」である。本来、人類に与えられている無限の可能性を、様々な頸木から解き放つための學びでもあるのだ。

 學びとは何か。学業によって得る知識は、この世で生きる為の最低限の常識を得る為の学びに過ぎない。しかし、世の中を賢く生きるには、常識だけを身に付けても、自分を際立たせる事はできないだろう。常識とは、未熟な人類の科学技術が証明したに過ぎない事物でしかない。しかも時と共に移り変わる事も起きる。常識の外にこそ真理は存在し、その探求こそが「學び」であり、我々に与えられている、この世で果たすべき使命なのではないだろうか。


循環医食療法と生存の原理


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