神の愛
歴史に学ぶ【神の愛 】
自己愛・異性愛・親子愛・家族愛・隣人愛・郷土愛・祖国愛・人類愛。
様々な形の愛があるのだが、自己愛や異性愛は私利私欲、我利我欲の自己中心的な愛であり、人を救う様な高尚な想いから生み出された真実の愛では無い可能性が強い。他者の為に尽くす愛こそが、人が学ぶべき崇高な理念に基づいた愛と云えるのではないだろうか。
梶原一騎原作の「愛と誠」と言う漫画をご存じであろうか。その登場人物に武闘派の主人公とは正反対の、青白い秀才肌の青年が登場するが、彼が窮地に陥っているヒロインに対し「君の為になら死ねる」と宣言するのだが、この強い信念に裏打ちされた想いこそが真実の愛なのではなかろうか。
寺子屋教育の意義
平安時代から江戸時代末期まで続けられた「寺子屋教育」は世界に冠たる教育制度である。それは現代の教育制度とは一線を画し、人間の徳を積む為の教えを主眼とした教育であった。現代風に言えば、公の為に何を為すべきかを教える教育と云う事になる。戦国時代にザビエルが来日以降、多くの宣教師が来日している。又、江戸末期には多くの知識人が日本を訪れ全国を廻って情報収集して、その欧米人の識者がすべからく感じたのは、日本人の民度の高さである。
寺子屋制度の背景にあった哲学
五百年以上も前からの、大航海時代に始まり、欧米列強の帝国主義全盛の時代にあって、植民地支配を免れたのは、津々浦々にまで寺子屋での教育が行われ、庶民の識字率の高さが大いに影響したのではないだろうか。庶民の教育が行き届いていたことは、取りも直さず、代々続く豪商や武家や公家・天皇家にはそれ以上の帝王学があり、優れた人財を絶やす事のない教育法が確立されていたのである。だからこそ世界最古の国家として存続し続けられたのであろう。
それは、縄文時代から続く、自然信仰や祖霊崇拝を基本とした神道が背景に有って、仏教の伝来と共にその教義と神道の教えが融合した、我が国独特の哲学に発展して、それを体系化したのが聖徳太子であったと云われている。それが天皇家に受け継がれている帝王学であり、その学問を武家や公家、そのほかの名家と云われる家々に受け継がれ、独自に発展させてきたのである。その代表が世界に冠たる「武士道」と云う事になる。それは道を究める教えとして、歌舞伎や浄瑠璃‣能・茶道・華道・剣道・空手・柔道などのあらゆる古典芸能や物作りの精神文化に受け継がれているのではないだろうか。
その様な優れた教えを、一部の権力者が秘匿するのではなく、庶民教育にまで落とし込んで、世界でも比類なき民度の高さを誇る文明国家を創り上げたのであった。
武士道によって守られた日本
縄文時代に優れた物造りの文化が醸成されていたのは、火焔型土器の文化的価値と芸術性に表れており、三内丸山遺跡の集落跡からも、非常に高度な技術を駆使した街づくりが行われていたことも解明されつつある。その後の渡来人の流入を受け流し、融合を図り国家としての体裁を創り上げて、のちの国を揺るがす、元寇にも耐えうる強い国家を生み出したのである。
しかるに、その国家存続の為に大きな犠牲を強いられてきた事も見逃してはならない。鎌倉時代の二度に亘る元寇の襲来では、鎌倉武士の奮闘で撃退したが、その武勲に報いる事ができず、幕府の衰退を招く要因となった。大航海時代に世界の有色人種が植民化されていた時代、戦国時代の末期には国内に、火縄銃が全ヨーロッパを凌ぐ量が生産されており軍事大国であった我が国も、スペインやポルトガルによる侵略によって、日本人の奴隷がヨーロッパに連れ去られた人数は五万人とも目されている。
そんな背景があって、バテレン禁止令や鎖国に転じなければ生き残れなかったかもしれない時代を耐え抜き、二百年続く平和国家を築いたのであるが、その鎖国で産業革命の波に乗り遅れ、幕末の砲艦外交により開国を迫られた結果、国の富の流出が起こって以降の、激動の明治大正昭和へと突き進む事になる。
明治以降の戦争の犠牲者が靖国神社に祀られているが、賛否両論あって難しい問題だが、公の為に何を為すべきかという問いに答えるとすれば、元寇以来の対外戦争や鎖国せざるを得なかった事情を鑑みるにつけ、極東の平和な島国に押し寄せた、欧米の帝国主義による侵略から国家国民を護り抜くには、戦う以外の選択肢は無く、公の為に尊い命を捧げて下さった無垢の人々のおかげ様によって、戦後の時代を生きる我々は、最低限の平和を維持し、戦前から受け継いだ命を授かりその恩恵に浴している事実を、決して軽んじてはならないし、歴史に刻み込まれている当時を生きた人々の想いを汲み取る必要があるのではないか。
敗戦による国家存亡の危機
そして、戦後教育の申し子である我々は、戦後の個人主義偏重の教育によって、公徳の精神が失われてしまった結果、政官財學の中枢にいる人々の私利私欲による国家運営が罷り通り、国民の利益ではなく、既得権益を持つ企業団体外資への利益誘導を行い、国益を毀損する政策が実施されている現実が、失われた三十年の正体であり、敗戦の頸木を今尚 引きずる跛行性によるものである。
しかしながら、縄文時代から続く争いを好まず、共存共栄をモットウとしてきた国民性は、民族の遺伝子の中に刻み込まれ、日本人の魂の中に息づいているのではないだろうか。そして、戦えば比類なき強さを持っていたその特性は、偶然の結果なのではなく、数千年間に亘って連綿と続く徳を積む教育の賜物であろうと思われる。
公の場からその教育が奪われた結果、本能のままに生きる、自己中心的な愛が社会に充満する、殺伐とした社会が形成されてしまったように感じるのは私だけではあるまい。そんな現代にあっても、公の為ならば自らの命を賭してまでも、信念を貫こうとする高潔な人々が存在する事を忘れてはならない。
思い出されるのは、かの国に赴任した外交官が不覚にもハニートラップの罠にかかり、情報の漏洩を強要され「国を売るわけにはいかないので命を絶つ!」と家族に遺書を残し自決した事件があった。国を売る政治家や官僚が多く存在する中、徳を抜き、心に勇気を育まない戦後教育で育ったとしても、この様な恥を潔しとしない高潔な人物の存在が示すのは、幾多の困難を乗り越え、国の危機を回避し、今もこの国が存在していると云う事実を以って、縄文以来続く日本人の魂の中に、危急存亡の時に発現する、徳の教えが焼き付いている様に思えてならない。
その証は、東日本大震災の時に様々な場所で世界が感動した日本人の振る舞いである。整然と水や食料の配給を受ける民度の高さ。原発事故の中にあっては、作業員や自衛官及び消防隊員のメルトダウンを防ぐ、いつ終わるとも知れない決死の戦い。或いは、津波に飲み込まれるその直前まで、避難を呼びかける放送を続けた女性職員。何れも涙なしでは語れない公の為に命を懸けて尽力した人々であった。
話しは百年ほど遡るが、第一次世界大戦の戦勝国で主要五ヶ国であった日本は、1919年(大正8年)パリ講和会議に於いて、国債連盟規約に「人種差別撤廃条項」を盛り込むべきと主張し、賛成多数で可決したかのように思われたが、国内の意見をまとめ切れなかった米代表のウィルソン大統領は「この様な重要案件の採決は、全会一致でなければならない」との主張を押し通し不成立となったのである。北米での日系移民排斥問題が背景にあったのであるが、その後益々反日が加速する事になって、その後の大 東亜戦争の火種が燻ぶり続ける事になる。
欧米列強の有色人種を支配する植民地政策の終着点であった、極東に存在する異端の国家である日本は、ペリー来航以来の悲願であった日本支配を完結する為の策略を巡らし、戦わざるを得ない状況に日本は追い込まれてしまった結果、戦わずして敗れるは民族の崩壊であり、死中に活路を開く、国家存亡の危機を脱する戦いを選択せざるを得なかったのである。
その結果 敗戦するが、世界の有色人種に勇気を齎し植民地独立の切っ掛けを作った厳然たる事実が存在する。しかし、戦勝国の歴史観を押し付けられて、世界支配を目論み侵略戦争を仕掛けたという歴史教育がなされ、残虐な戦争犯罪を犯した国と言うレッテル張りによって情報を操作され、自国に誇りを持てない根無し草の様にさ迷う精神性を植え付けられたのである。
崇高な愛によって救われた世界
仕掛けられた戦争によって、幾百万の戦死者を出したが、彼ら英霊の想いは、美しい国土とそこに暮らす愛する恋人や子供・親を異国人の凌辱から救い、まだ見ぬ子孫に誇るべき国家を残すための戦いに身を捧げたのであった。戦いに敗れる事は植民地となり、奴隷として生きるしかなかった時代である。であればこそ、愛する人々の暮らしを守る戦いであり、人間としての尊厳を守るための決死の戦いに挑めたのではないだろうか。
その様な悲壮な想いを胸に刻み込み、まだ見ぬ子孫への愛があればこその、損耗率など度外視した玉砕戦法が可能であったのだと思う。単に召集されて仕方なく戦う連合国の兵隊と、大儀の為に死地に赴いた日本兵との覚悟の差こそが、桁違いに強い軍隊の強さの秘密があったのではないかと推察する。それは愛する人びとを護り、故郷の美しい山河をのちの世に残す崇高な想いの発露であった。
この様な崇高な想いによって、偉大な功績を残された人々は神として崇められ、千年・二千年語り継がれ、人々の記憶の中に残り続ける。古くは民衆を救うために蜂起した平将門を称える「神田明神」。徳川家康を祭る「日光東照宮」。二宮金次郎の銅像で馴染みの深い、尊徳を偲ぶ「報徳二宮神社」。吉田松陰の教えによって、その後の国を支える英傑たちを輩出した偉業を称える「松陰神社」。そして「靖国神社」には、郷土を護るために国に殉じた、数百万の英霊が祭られている。
人は崇高な生き方によって神にもなれる存在であって、私達の魂の中に存在する「より良く生きる」という想いこそが、その発火点であり、公の為に尽くす生き方の根底にあるものは「隣人愛」であり、その究極は母親が子に示す「無償の愛」である。「情けは人の為ならず」という格言にも通じ、公の為に成したことは、やがて自らに帰ってくるという教えでもある。
この様な尊徳が説いた「報徳の思想」こそが、「やおよろずの神々」が存在する我が国の強さを支える力の源泉なのではなかろうか。一神教の教えが世界を分裂させ、戦争の火種が絶えない事の原因を作っているとしたら、日本の宗教観こそ世界を救う一助に成りはしないか。対外戦争で只一度だけ負けたからと言って、唯一無二の稀有な存在であるこの国家を失わせては為らない。世界のリーダーとなりうる資質を敗戦の自虐史観の中に埋もれさせてしまう事があっては、世界は再び形を変えた、強い権力者が弱きものを支配する植民地主義がこの地球を覆う事になろう。グローバル化の背景に在るものは、形を変えた植民地支配である。
果敢に戦った先人の勇気があったればこそ、敗戦したにも拘らず、皇統を基本とする国体の維持が叶い、その獅子奮迅の戦いに勇気を得た当時の植民地は、独立戦争を戦い抜き、国を取り戻す事ができた事実をを忘れてはならない。

