日本を取り戻す 【 米中韓の破壊工作

【日本人に謝りたい】~ あるユダヤ長老の懺悔 ~

出典:日新報道「日本人に謝りたい」モルデカイ・モーゼ(著)/ 久保田政男(訳)

天皇制は古代からユダヤ民族の理想だった

民主主義は、「君民共治」の代替物にすぎない

日本民族のもつ最大の財産は天皇制である。これは全く世界に類例のない偉大なものであり、人類の理想とするものである。

かつてユダヤ人の大思想家でフランス革命に大きな思想的影響を与えたジャン・ジャック・ルソーは、かの有名な『社会契約論』で次の如き述べている。

「人もし随意に祖国を選べというなら、君主と人民の間に利害関係の対立がない国を選ぶ。自分は「君民共治」を理想とするが、そのようなものが地上に存在するはずもないだろう。したがって自分は止むを得ず民主主義を選ぶのである。」

ここで言う「君民共治」というのは、君主が決して国民大衆に対して搾取者の位置にあることなく、したがって国民大衆も君主から搾取されることのない政治体制のことである。

世界では、君主はみな国民大衆から搾取する。したがって、政変が起こると財産を持って亡命する。だが、日本ではこのような事は君主制というものの概念の中には全く存在しない。

しかるに、ユダヤ人ジャン・ジャック・ルソーの思想は搾取、被搾取の関係にない君主制を求めているわけである。これは確かに理想である。しかし残念ながら、ルソーはそのようなものが実在できるはずもないからやむを得ず、民主主義を選ぶというのである。

私がルソーの時代に生きていたならば、ルソーにこういったであろう。「直ちに書きかけの社会契約論など破り捨て、速やかに東洋の偉大な君主国へ馳せ参ぜよ」と。

ここで非常に重要なことをルソーはいっている。戦後日本で絶対の神として一切の批判をタブー視されている民主主義というものは、ルソーによれば「君民共治」の代替物にすぎないということである。私が日本人を最高に尊敬するようになったのも、この天皇制というものの本質を知ったからである。

日本では戦前、「比類なき国体」という言葉があった。またポツダム宣言受諾の際に、この国体の護持が条件となったのである。これはまことに賢明なことであった。

民主主義は、「君民共治」の代替物にすぎない。
天皇制の類い稀れな世界に燦たる本質、我々ユダヤ民族の理想である要素を我々に教えてくれた、天皇とマッカーサーの会見の様子を述べてみよう。

世界に類例のない「君民共治」

天皇が開口一番、自分の事はどうなってもいいから国民を救ってほしいと切り出した時、マッカーサーは驚天動地した。この席にルソーが同席していなかったのが真に残念であるが、西洋の君主というものはそれこそマルクスのいう支配者、搾取者である。一般大衆は被支配者、被搾取者に甘んじなければならない。

西洋の君主は、大衆から収奪した莫大な財産をもっている。戦後GHQが天皇の資産16億円と発表した時、日本人はキョトンとしていた。つまり、GHQは西洋の君主並みに日本の天皇も収奪した財産をもっているはずであるから、それを直ちに国民の前にみせつけたわけであろう。

ところがこれを聞かされた日本人は一様に、そういう感覚の持主もいるのかと内心驚いたということである。しかし西洋の常識としてはこれは奇異でもなんでもなく、至極当然なことだったのである。

西洋の君主は、いざ革命、戦争、政変などのあった場合は、直ちに自己の生命の保証と財産の保全を求めて亡命などを計るのを常とする。したがって、マッカーサーも最初天皇が訪問の希望を述べた時、非常にきびしい顔をしていたという。

いってみればそれは当然のことであろう。日本の天皇もいよいよ生命の保証と財産の保全の為、どこか適当な亡命先の斡旋を懇願に来るのであろうと、マッカーサーが考えたのも無理からぬ話である。

しかるに前述の如く、天皇は開口一番、自己の生命や財産の保証ではなく、国民の財産や生命の保証を求めたのであった。国民を質入れして自己の保身を計る西洋の君主とは逆に、自己を質入れして国民の救済を求めたということである。

戦後の占領改革にも拘らず天皇制が存続できたことは、私の最も喜びとするところである。

日本国憲法は後で詳しく述べるが、ユダヤ人がワイマール憲法に基づいて作った「隷属憲法」である。

なぜ欧州では君主を輸入したのか~万世一系の天皇との違い

「万世一系」の天皇を頂く日本人は幸せである。ユダヤ人は永年このような君主制を夢に描いてきたのである。しかし祖国を持たないわがユダヤ人は、王を頂くこともできなかった。

わずかにユダヤ教を「携帯祖国」としてもち、これによって民族の連帯と発展を推し進めてきた。

ユダヤ人の教条主義的誤り──戦前の天皇制攻撃

我々は戦後の占領改革において大きな過誤を犯したのであるが、ただ一つの喜びは、天皇制の偉大さを認識でき、それを憲法の冒頭で存続させることができたことである。

だがここで日本人に謝らなければならないのは、戦前において我々の認識不足から、天皇制を最大限に攻撃し、なんとかこれを打倒しようと努力してきたのも我々ユダヤ人である。

フランス革命でフランスの君主制を打倒したのが、我々の最初の大事業であった。つづいて、ヨーロッパの主な君主制を打倒することが至上任務となった。

何故そうなるのかということは、マルクス主義は、ユダヤ人が自己の民族的解放事業のための道具として編み出した虚構論理なのである。

マルクス主義の国家論はご存知のように、国家とは破壊、転覆すべきものであるということを根本原理としている。

国家がある為にユダヤ人迫害がくり返されてきたものである。自己をこのような悲惨な境遇から救うためには、国家というものを転覆することが唯一の方法であった。

つまりユダヤ人が、権力と財産を奪取することによってのみ解放されるということである。これがマルクス主義の根本原理なのであるが、この国家の破壊という大事業の前に最も邪魔になるのが君主制という制度であった。

その為特に、君主制の打倒ということが最大の目的となったわけである。

第一次大戦時に、ヨーロッパの主な三つの王国、ドイツ、ロシア、オーストリア=ハンガリーにおける君主制の打倒に成功したのであった。

さて後に残された有力な君主制は、東洋の一角に燦然と輝く日本の天皇制だった。ユダヤ人は、これの打倒に全精力を注ぐ事になった理由である。

日本共産党は誤れるユダヤ思想のエピゴーネン(茶坊主=反日勢力)

日本共産党は、コミンテルンの日本出張所として誕生したものである。コミンテルンの目的の一つには日本の天皇制打倒があった。

コミンテルンはスターリンの独裁が強化されるまでは、国際的なユダヤ勢力により動かされていたものである。日本共産党はユダヤ勢力が「反日勢力」として残したものであり、完全なるエピゴーネン(茶坊主)である。

戦前、日本の支配勢力により行動を抑止されていた日本共産党を戦後陽のあたる場所へ出し、大躍進させたのもニューディール派、すなわち、ユダヤ勢力である。

今日でも日本共産党が日本の社会で害毒を流していることに対して我々ユダヤ人は心を痛めている。

「八紘一宇」の大思想──称賛された満州の近代化

戦前の日本には、「八紘一宇」という大精神があった。これは神道のこれまた類い稀な偉大な思想に基づくものである。西洋の宗教の如き排他性をもたない、傑出した思想であるといえよう。

この点を証拠づけるものは、西洋列強の東洋侵略と日本の満州国建設のコントラストであろう。

西洋列強の東洋諸国支配は搾取、収奪、奴隷化に他ならなかった。英国が印度支配のため最初に打った手は、既存の教育関係を絶滅し、諸民族を相争わせ、言語の複雑化を計ることであった。

オランダのインドネシア支配も同様である。そこには何ら建設的なものはなく、ただ自己のための搾取があるのみであった。

しかるに、日本の満州国建設大事業はこれとは対照的である。五族協和を唱い諸民族平等の関係を育て、その投資は建設的なものであった。

当時欧米でも識者は、人口3000万の満州国は十年後には人口1億を有する大近代工業国家として極東の一角にその勇姿を現わすであろうと、称賛と期待をもって見守っていた。

他のアジア諸国で、欧米列強によって近代的工業国家に育てあげられた国が一国でもあっただろうか。満州の近代化の成果は、現代に至るも中国の工業の心臓部である点をみても明らかである。

これを可能にしたのは、「八紘一宇」の大思想のしからしむるものであろう。

すばらしかった戦前の家族制度

さて次に、我々ユダヤ人の理想のお手本となるべきものに、日本が戦前に誇った家族制度があった。

面白い話を一つ紹介しよう。

かつて「国際連盟」の労働部長であったユダヤ人、アルベール・トーマが日本の労働事情調査のため来日した。「国際連盟」といっても、これはユダヤの世界政府ともいうべきものである。

第一次大戦の結果、金融支配力に自信をつけたユダヤ人は政治面へも進出をはかり、その結果つくられたものが「国際連盟」である。この連盟の指導者は、日本人の杉村陽太郎氏を除いて他はみなユダヤ人であった。

アルベール・トーマが来日し、日本へ階級闘争の激化工作をしようとしたとき、その前に立ちはだかったのが、日本の強固な家族制度だった。

トーマは、「日本では家族制度が強固な為、階級闘争、つまり労働運動の激化を仕掛ける事は非常に困難である。労働者は失業しても労働運動などする必要はなく、家族が暖かく迎え入れてくれるからである。この家族制度をなんとかしない限り、日本へ階級闘争を持ち込むことは難しい」といっているのである。

かくの如く、日本の家族制度はこれまた類い稀なる存在であった。戦前の日本の家族制度にはとても及ばないが、現在世界中で一番この家族制度を強固に有しているのは我々ユダヤ人社会であろうと思う。この点、我々は常にそれを誇りとしている。

日本のすばらしい家族制度を破壊したのは我々ユダヤ人なのである。

また日本では戦後、ニューディール派の改革で姦通罪が外されてしまった。これも家庭の不和を増長させる重大な要素であると考えられ、家族制度の破壊をねらったものであると私は考える。

ユダヤ人の社会では、現在でも姦通という事はまずあり得ないのである。十戒において厳に禁ぜられているからである。

女性の社会への進出というとなにか進んだ制度の如く感じるかも知れないが、家族制度という観点から見た場合、これもやはり崩壊へ導く要因であろう。このへんのところは日本国憲法の内容と密接な関係がある。

義理人情は世界に比類なき美徳

日本の戦前にあった義理人情という美徳がある。他民族では絶対にもちえない繊細な心の機微というものがあった。本能的な西洋人には想像もつかない深遠な人間性の発露である。

私は、この義理人情が究極点として天皇制に到達するものと考えている。

大相撲に「こんちわ相撲」ということを聞かされる。これを八百長相撲と表現する人もある。

角界のそれは根本において義理人情から発しているものだという点を理解するまでに、私は相当の日月を要した。

武士道的義理人情から発したもので、戦前ではこの「こんちわ相撲」のことは角界以外には決して知られていなかった。

義理人情から出た結果なら、戦前の日本人なら決してそれを追及せず、そっとしておいてやる、雅量をもっていたと思われる。特に義理人情がほとんど失われた今では、単純に汚い八百長と、同次元に考えられている。

ユダヤ人の社会には、同胞、助け合うという精神では日本の義理人情には及ばないものの、ある程度のものはもっている。少なくとも、欧米人よりは優れたものをもっていると思う。

日露戦争の時、クーン・ローブ商会のヤコブ・シフが高橋是清と会って外債を引き受けた事である。

日本の勝利を予想した者が、誰一人いなかった日露戦争で、日本へ戦費の調達を考慮する者があろうはずもなかった。英国など日英同盟の関係から知らん顔はしにくいと思われるが、例によって全く打算的な態度であった。

ヤコブ・シフは、高橋是清と話しているうちに、いうにいわれぬ感動に陥ったのである。勿論シフには、ユダヤ人を迫害しているツァーを倒したいという考えも強く作用していたことは事実である。

しかしそれにしても、必敗と予想されていた日本へ、計算高いといわれるユダヤ人が何故に金を貸すのか。常識ではあり得ないことである。

戦前の軍人精神というものは人間性の発露として至高のものであったと思う。個人の利害を忘却して全体のために奉仕するということは、他民族には決して見られないものである。

特攻隊員がその最たるものであることは、言うまでもない。

また、日露戦争以来、日本の陸海軍はいたるところで武士道精神を発揮してきた事は世界中から尊敬されている。

「男は度胸、女は愛嬌」は男女の天分を表わすもの

戦前の日本人には「男は度胸」「女は愛嬌」という言葉があった。これは皆様も欧文に翻訳する時困った経験をお持ちであろうと思う。この「度胸」「愛嬌」に相当する欧米語が見当たらないからである。

しかしこれは当然のことである。何故なら、この二つは欧米人の男女とも持ち合わせていないのであるから。

これは全くすばらしいものであると思う。男女の天分の顕著な発露であり、人間を最も個性的に飾るものとして、例のないパーソナリティである。

男の「度胸」という点で、戦争中、「アメリカ兵は白兵戦になると赤ん坊のように声を上げて泣きだすのだ」と聞かされた銃後の日本人は、キョトンとして信じられないといった表情だったのだ。

まさかいくらなんでも、兵隊たるもの、戦地で泣き出すなんて大げさな話だろうと考えたのである。

これは全くの事実なのである。つまり、アメリカ兵には「男の度胸」というものが備わっていない。「女の愛嬌」の問題にしても、戦前外遊した人々は、欧米の女性に愛嬌がないという点を指摘していたものである。

これは無論、今日でも変わらない。戦後の若い世代の日本人には、もはやこんなことを感ずる余地はない様である。この両方を戦後完全に失ってしまったからである。

これら多くの戦前の日本人が持っていた、世界に類い稀なる美徳、長所は、我々ユダヤ人の理想を具現化したものであった。しかるに第二次大戦の終結を機として、これらが完全に失われてしまったのである。真に残念というほかない。

これら類い稀なる人類の財産ともいうべき長所を喪失せしめた責任が、実は我々ユダヤ人にあるという事を率直に認め、深くお詫びすると同時に、我々の犯した過ちがいかなる思考、動機から惹起されたものかという点を詳しくご説明させて頂いて、一日も早くこれら美徳を復活させて頂きたいと思う。これらは我々ユダヤ人の理想でもある。

どうか、尊敬する日本の皆様、これから私が解き明かすことをじっくりと検討され、戦後の病巣、社会的混乱、経済と精神衛生面の跛行性(片足をひきずるようにして歩く事)の原因をよくお考え頂きたいのである。

西欧追随は文化の退化をもたらす

これら戦前の日本にあった類い稀なる美徳が戦後100%失われたという事では無い。

つまり日本人の間ではこれら美徳が失われているのを認めなければならないが、日本人が外国人に対する時は、日本人の美徳は存分に生かされているという事である。

今まで述べた戦前の美徳もつまるところ、日本人が理性的に西洋人をはるかに凌駕しているという事に他ならない。この点で西洋人が日本人に追いつくには数世紀、あるいは永遠に追いつくことができないのかも知れない。

日本人は「国際性」という場合、100%西洋のペースに日本人が適応する事というふうに考えている様であるが、これは人類の文化の退歩を招くことであり、断じてそうあってはなら無い。

これは全く逆立ちしている。西洋人こそ日本人に適応させなければなら無い。何故なら日本人の理性の方がはるかに西洋人のそれより進んでいるのであるから。

この点が逆になった為、大東亜戦争は起こったのである。日本はなんとか戦争を避けようと、全くの善意から必要以上の譲歩をした。ところが相手は、その譲歩を全く単純に弱さの現われとしか受け取ることができなかった。

この様な理性的感性の差は、数世紀やそこらで埋まるものでは無いと私は考える。

個人的交際においても日本人は対外国人となると、古来の伝統的美徳を完全に発揮している。しかしそれに対して一般外国人は、これを全く理解する能力が無いと言わねばならない。この為日本人はどれだけ損をしていることか。

○×式思考法はユダヤ人が作った

○×式思考法が教育界へ本格的に持ち込まれたのは、日本が最初である。その裏に創造的能力を奪うという大きな問題点を含んでいることは、何故か表面には出なかった。

5つの答の中から選ぶとすれば確率はすでに5分の1であり、目をつぶってやっても5問に1問は当たる。これを科学的というのだろうか。さらに問題は、設定された答の中からしか選べない事である。そこに設定されたものが全てと考えることは、創造的才能をもつ者にとってはこの上ない辛い事である。

また、これだけの手段で人間本来の才能、判断力、リーダーシップ、組織力、表現力、意志の強靭性などが正確にはじき出されると信じることができようか。

教育界へ持ち込まれたこの○×式思考法により育てられた現在の多くの人々は社会、政治、経済その他あらゆる面でこの○×式教育を忠実に反映した思考法により諸現象を分析する事にすっかり慣れている様である。

「保守」か「革新」か、「大企業」か「国民大衆」か、「戦争」か「平和」か、「経済成長」か「社会福祉」かなど、二元論花ざかりである。

何故なら、マルクス主義は二元論から成り立っている虚構論理なのである。この○×式思考法なくしては、「革新」政党たるもの、今日まで生きのびることは不可能であったかも知れない。

「大東亜戦争」と「太平洋戦争」

戦後、いろいろな方面から大東亜戦争に関する歴史書が出ているが、その中に「太平洋戦争」という言葉で語っているものが如何に多い事か。これではその歴史書はアメリカ側の立場に立って全て書かれたものと考えられて致し方ないのであるが、著者達はそれで満足なのであろうか。

あったのは「大東亜戦争」である。よく考えてみる必要がありはしないか。これは明らかに歴史の偽造に他ならない。「日中戦争」然りである。あるのは「支那事変」である。

占領中そういう呼び名を強制されていたのは止むを得ぬかも知れないが、今日に至るも依然としてそれから脱脚できないのはどういうわけか。

これは、日本人自身の問題である。憲法とは違って、改正の手続の必要もない。ただ正しい歴史観へ回帰するのみである。

ゲッベルスは戦後日本の予言者だったのか

戦後の日本の病巣といわれるものに当てはまら無いものが唯の一つでもあるだろうか。これらは正常な人間の頭で判断すれば人類の文明の破壊につながるものであることは一目瞭然である。

人間の純度を落とし、野獣に回帰させようというものである。

ゲッベルス宣伝相が警告を発した20世紀初頭、どれだけの人がこれを真に人類の文明への挑戦として脅威的に受けとったかは分らない。

しかし第二次大戦が終わってみると、日本へこれら一連の風潮が、忍び寄って完全ともいえるほどに定着してしまっていたのである。

これらを戦後日本へ持ち込んだのは一体何者なのか。また、これらがこれほど完全ともいえる状態で日本に定着したのは何故か。

反日勢力が金科玉条としている日本国憲法の作者は誰か。この日本国憲法の隠された狙いとは如何なるものか。これらの諸問題にメスを入れることは今日の日本にとって焦眉の急といわねばならない。

これらの病巣の原因が、日本国憲法であることは何ら疑う余地はない。

この日本国憲法を持ち込みエピゴーネン(茶坊主)を利用してタブーの網を張り、信仰という宗教的呪縛性でもって、日本国憲法を最大限に活用している勢力とは・・・

さらに、東京裁判により自虐史観を日本人の心に植えつけ、
日本を愛さない、人を愛せない根無し草の様な精神の破壊工作を誰が何の為に行うのか・・・

日本国憲法の作者はユダヤ人である

この憲法に潜む矛盾から逃れる道は、この憲法の奥に秘められた本質をできるだけ早くつかむため、先ずそのルーツを白日の下に曝すことであろうと思う。

私はこの憲法をひとことで表現するなら、「往来で道を尋ねられた時、故意に反対の方向を教えるもの」と言いたい。

なぜ現代日本はワイマール体制末期のドイツと似ているか

今日の日本はワイマール体制末期のドイツに酷似しているのではないか、と言われているようである。これはまことに興味深いことであると思う。

この原因は、ワイマール憲法と日本国憲法の類似性にあると思う。と言うより、日本国憲法はワイマール憲法の丸写し──しかもかなりずさん──であるといった方が正確であろう。

ワイマール体制の柱となったワイマール憲法は、ご存知の通り、ユダヤ人で内相も務めたフーゴ・プロイス以下3名のユダヤ人によって作られたものである。

また日本国憲法はこれもご存知の通り、ユダヤ人ケーディスを中心としたGHQのニューディーラーによってわずか「2週間」という短時日に作られたものである。

このワイマール憲法は、2年前のロシア革命と軌を一にするものであり、前世紀のフランス革命から始まるユダヤ民族の反撃戦の一環であるという、認識なくしては本質の解明は不可能であろう。

後進的なロシアでは暴力革命という手段に訴えて成功した。しかし資本主義が発達し代議制度も発達していたドイツでは、そうはいかなかった。

あらゆる努力の結果、とにもかくにもワイマール共和国というユダヤ政権を樹立したのは1%に満たないユダヤ人である。この体制を維持するため早速、憲法の作成にかかったのである。

したがってその憲法の本質とするところは、いままでドイツ国内において差別されていたユダヤ人に対して、彼らの権利を大幅に獲得させるものでなければならない。

また同時に、政府の要人のほとんどをユダヤ人で占めているワイマール体制というものを、ユダヤ革命政府として今後とも維持していかなければならないと考えたのは当然である。以上の目的のためユダヤ人が作成したのがこのワイマール憲法である。

しかし、このワイマール憲法の作者ユダヤ人プロイス以下のユダヤ賢哲達は、教条主義に陥っていたといわねばならない。ワイマール憲法の最大の目的はユダヤ人にとって自己の中世以来の差別を撤廃し、平等権を確立することであった。

この点は、以下に見る如く全てにわたって成功している。プロイスはそのへんまでで止めておけばよかったのである。とにもかくにも、ドイツ国民と平等な権利を獲得したのだから。

しかしプロイスは、ここでちょっと色気を出した。それは、ユダヤ民族の反撃戦のプログラムを盛り込んでしまったのである。それはマルクス主義から一歩飛躍した闘争方針のプログラムといえよう。

その一歩飛躍した闘争方針というのは、マルクス主義が経済的闘争の道具であるのに対して、これは神経戦、心理戦を主とした闘争のプログラムである。

簡単にいうと、「人間の純度」を落とすことを狙いとしたものである。人間を闘争本能まるだしの動物的なものに回帰させるのを目的とするものであり、それにより既存の国家を内部から崩壊させようとするものである。

それに対しては後にゲッベルス宣伝相がドイツ国民に警告する文書を公布している。

この計画の手段となるのが、フランス革命の時用いた「自由」「平等」である。「自由」「平等」のスローガンは、またもや役に立つことになったのである。

ただし、今回はフランス革命当時の如き、素朴に「自由が欲しい」、「平等が欲しい」といったものではない。この違いは、18世紀の未成熟社会と20世紀のドイツの如き成熟社会との差によって生じる。

成熟社会における「自由」「平等」は調和を崩し、国内を収束のつかない混乱に導くものである。さらに「自由」と「平等」の2つの概念の非両立性によりその矛盾、混乱は幾何級数的に増大する。

我々ユダヤ人は「自由」「平等」という言葉の裏にかくも恐ろしき毒素を含んでいたことをはっきり知らなかったのである。全く頭が悪いといわれても仕方がない。

プロイスは、これをワイマール憲法に盛り込んでしまったのであった。これはまさしく、教条主義的態度であったといえよう。

ワイマール体制というのは、すでに自分達ユダヤ人がとにもかくにも権力を握っているのである。自分達が直接君臨している国家では、敵(非ユダヤ人)に国家を突き上げる「自由」「平等」を吹き込むことは、上を向いてツバするが如き自己撞着であるはずである。

つまり、自分達の政府の下で「自由」「平等」をかざして突き上げが起こっては、困るのは当然ではないか。しかるに、プロイスはこれを盛り込んでしまった。これは信じ難いほど頭が悪いといわねばならないだろう。

さて問題は、これに対するドイツ国民の反応である。

ワイマール憲法がナチズムを生む

このワイマール憲法に対する闘争として起こったのが、他ならぬナチズムである。

本来なら、ドイツ国民は内部分裂によって、その突き上げでワイマール政府を倒すことになるはずである。しかるに、ドイツ国民の反応はそれとは正反対に、完全無比な国民的統合の精神によってそのワイマール体制を倒したのである。

何故こうなったのか。賢明なドイツ国民は、真理に背くものを看破する能力をもっていたということである。「自由」と「平等」は非両立性をもつ概念である。その点をドイツ国民が見抜いた結果起こったのが、ナチズムなのである。

18世紀の大西洋革命(アメリカの独立とフランス革命を合わせたもの)の時代の「自由」「平等」の相反するスローガンが基本概念として日本国憲法の真理にそむく本質の根源を見究める上で大いなる力となることはもちろんだが、直接的にはワイマール憲法にメスを入れることが不可欠と思われる。

しかるに、このワイマール憲法に関する研究は日本では非常に少なく、また日本国憲法との比較研究が全くといっていいくらいお目にかかれないのは、一体どうしたことだろうか。

それにはやはり理由があるようである。

ワイマール憲法は国際的にタブーである

ワイマール憲法そのものが国際的にタブーとなっている。ワイマール憲法は珍しい言葉ではないが、現実にその内容に関してはタブーの網が張られていることに存外気がつかないものである。

では何故、ワイマール憲法はユダヤ人にとって都合が悪いのであろうか。それはその本質を徹底的に掘り下げれば分かることであるが、そこに発見されるものはナチズム台頭の必然性である。何故ナチズムが発生したのか。

ナチズムに関する著書はあまたあるが、真因を突きとめたものはないようである。大抵の場合、例の「集団発狂伝説」といわれる類いのものである。

しかし、このワイマール憲法を深く掘り下げるときそこに発見されるのは、自然の摂理にそむくものを内包しているということである。

ひるがえって、日本国憲法のルーツを探るためにも、このワイマール憲法の本質にメスを入れることが焦眉の急となってくるわけである。

ワイマール憲法は表面に出すことをタブーとされ、日本国憲法は改訂を唱えることをタブーとされている。真に皮肉なパラドックスである。何故このような逆説が生じるのか。

その理由は、ドイツ国民はワイマール憲法を瞬く間にその虚構性を発見して引きずり下ろしたが、日本国民はいまだその虚構性を発見できずその呪縛の中で呻吟していることにあるといえよう。

ワイマール憲法に関してはいま述べた如く内容を吟味する余地を与えず、「最も民主的な憲法」というふうに宣伝をしているのである。それがさらに日本では尾ひれをつけられて「平和憲法」というふうにまで拡大されている。

ワイマール憲法を「民主的」と宣伝する我々であるが、憲法の中身には「民主的」という言葉は一語も出てこない。これは日本国憲法についても同様である。考えてみれば大変奇妙なことではないか。

実はこの点にこそ、今日的意味の「民主主義」という絶対の善玉の神を意味する言葉の本質を見出すことができるのである。

今日いわれている「民主主義」とは何ら実質的概念を伴うものではない。絶対に相容れることのない2つの概念、「自由」と「平等」に相関関係をもたせる必要からユダヤ人が考えついたものにすぎない。

非両立性をもつ「自由」「平等」をバラバラに宣伝したのでは効果が薄い。したがって、この矛盾する両概念を並行して同時に追求させてこそ真の効果を期待できると考えたものである。

つまり「民主主義」の役割は相矛盾する両概念のコーディネーターということである。

さて、これからは日本国憲法のそっくり母体となっているワイマール憲法の内容を具体的に拾い上げて、日本国憲法のそれと対比しながら、如何に日本国憲法がワイマール憲法をベタ写ししたものであるかということをご説明したいと思う。

占領下の憲法は「すべてを疑え」

この日本国憲法についても、すべてを疑ってかからないと永久に迷宮入りになるだろう。左翼陣営は別であるが、醒めた正しい考えをもった人々まで、この日本国憲法に関してはそこに何か動かし難い真理が在るが如く錯覚しているように私には見受けられる。

この憲法の中に「理想」を具現化した要素が多分に混入されているということである。誤解してもらっては困るが、ここでいう「理想」とは「現実的でない」という意味である。この「理想」が日本人の判断を狂わせているのだと思う。

私がここで言いたいのは、何よりも先ず日本人はこの憲法を疑ってかからなければならないということである。従来まで見てきた角度を捨て、逆の角度からこれをもう一度観察することである。

日本の戦後占領体制はユダヤ人の君臨しないワイマール体制

ワイマール憲法と日本国憲法は、そのイデオロギー性については全くといっていいほど同じものである。しかるにただ一点、ワイマール憲法下のドイツと日本国憲法下の戦後日本とでは根本的に異なる点がある。

それは、ワイマール憲法下のドイツは直接ユダヤ勢力が君臨するものであったということである。日本にはユダヤ人は存在しない。ワイマール体制というのは、少数民族たるユダヤ人が権力を初めて握った時代であるということである。

一方、戦後日本では一時期占領軍(これを事実上支配していたのはユダヤ勢力──もっとはっきりいえばニューディール派)であったが、これは日本国内に永久に存在する勢力ではない、いわば国際的ユダヤ勢力である。占領が終われば、引き上げざるを得ない。

そこにケーディス以下の焦りがあったわけである。

だが現実には自分達は引き揚げても、己のエピゴーネン(茶坊主=反日勢力)を養成して残していった。それが日本共産党である。

このエピゴーネンは真に忠実に主人のために働き、戦後70余年たった今日でもケーディスの心配を吹き飛ばすかの如く日本国憲法には触れさせていないのである

階級闘争の持ち込み

第28条「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」

これも、この憲法を作成したユダヤグループの最大の目的とするものの1つである。このような実体法に属するものを憲法に組み入れるのは常識外であり、法学の素人のすることである。

日本共産党の活動を支援する為にこのケーディスが、日本国憲法にこの階級闘争を持ち込んだのである。

 

共産主義はユダヤ人が作った

日本共産党を育てたのは我々の最大の誤りだった

ユダヤ人が日本人に謝らなければならない最大の問題は、戦後日本共産党を育てエピゴーネン(茶坊主)として残していったことである。これは具体的にはニューディーラーが全て行なったことである。

共産主義者群から成っていたニューディーラーは社会主義革命こそ行なわなかったが、戦前の日本にあった類い稀な長所をすべて破壊したのである。それ以上に大きな誤りは、エピゴーネン(茶坊主)として日本共産党を育て、残したことである。

東京裁判、日本国憲法、その他の戦後改革による悪弊も、この病理をタブーにして一指だに触れさせじとする日本共産党なかりせば、とっくに払拭されたであろう。

では何故に、日本共産党はこれほどまでに日本国憲法を溺愛するのか、不思議に思われるであろう。

例えば国家意識、民族意識の去勢にしても、果たして日本共産党がどの程度この意味を知っているだろうか。つまり、国家を破壊するには愛国心の如きものが最大の障害物になるわけである。

もし日本共産党がこの辺まで分かっていたというなら、次はどうだろう。家族制度は国家転覆のやはり大きな障害物なのである。

憲法にある自由、平等、男女同権等はすべてこの目的に添ったものであるが、日本共産党はそこまで知っていて日本国憲法を死守しているのだろうか。私にはそうは思えない。

では何故に、それにもかかわらず日本共産党はこれほどまでに日本国憲法を溺愛するのか、不思議に思われるであろう。

その答えはユダヤ教の宗教的呪縛力なのである。

マルクス主義成立過程の種明かし

さて、これほどまでに多大の影響を戦後日本に及ぼしたマルクス主義とは一体、如何なるものなのか。

虚構論理というものを信じられるだろうか。それは一見学問体系の如き体裁を整えているが、事実は真っ赤な虚構論理であるというものである。

世界には、大変手の込んだ虚構論理というものが存在する。それがマルクス主義なのである。

だが、恐らく日本は世界で一番このことを理解しにくい国ではないだろうか。というのは、日本は世界最高水準のマルクス主義研究を誇っている国だからである。「資本論」の研究も日本が世界一であろう。

つまり虚構論理を真理と勘ちがいしている最たる国が日本であるということである。これは日本にユダヤ問題が存在しないということとも関係がある。

ユダヤ民族の苦しい悲しい迫害の歴史については今さら説明の要はないと思う。この歴史的苦難から逃れるには逆転劇しかありえない。この逆転劇はユダヤ人だけの力では困難である。

どうしても多数の非ユダヤ人の協力者を募らねばならない。フランス革命はその第一弾であったが、これで西欧のユダヤ人はかなり解放されたのである。

しかるに、中東欧のユダヤ人は依然として中世と変わらぬ存在であった。そのため19世紀に入って第二弾の反撃プログラムを考えることになった。

それが虚構論理の構築により歴史を自己の思う方向へ流すという雄大なロマンであった。これがマルクス主義である。

フランス革命の第一弾では、有名な「自由」「平等」「博愛」のスローガンで非ユダヤ人の不満分子をうまく利用したのであった。
19世紀はそれを一歩進めたわけである。

だが、虚構論理を構築してもそれを真理、科学として信じ込ませることは並み大抵ではない。しかるにユダヤ人は宗教民族である。ここで宗教的呪縛力を最大限に活用した。

資本・共産両建て主義とは何か

さてこれが20世紀に入ると、戦争という手段が19世紀的な革命という手段以上に有効なものと考えられるようになった。これがレーニン主義である。と同時に、神経戦、心理戦ともいうべき革命、戦争の如き組織性を必要としない手段も考えついた。

近世史はこの我々の逆転プログラムによって創られたものである。教科書的な歴史観では何も分からないだろう。これらを要約して我々は両建て主義と呼んでいる。

◎革命による変革を共産主義──マルクス──共産党宣言
◎戦争による変革を資本主義──レーニン──帝国主義論

マルクス・レーニン主義とはこのようなユダヤ民族解放の「手段」「道具」にすぎないのである。

第一期のプログラム、フランス革命における変革の手段は、感性的なスローガンだけであった。「自由」「平等」「博愛」である。

このスローガンを日本国憲法の骨子として持ち込んだのも我々ユダヤ人である。弱者解放のためのスローガンが高度な理性的国家日本へ持ち込まれると予想だにしなかった混乱を引きおこすことに、我々は気がつかなかった。

宗教的呪縛力こそマルクス主義の本質

短絡的なマルクス主義の論理的飛躍は、本来なら日本のインテリ層が見ぬけないはずはないと思う。しかるに何故、そのような論理的飛躍があるにも拘らず、これだけの信者を集められるのかという問題である。

これは宗教的呪縛力としか説明できない性質のものである。マルクス主義の真の素顔は宗教ということである。日本共産党の態度を見ればこのことはすぐわかると思う。科学といいながら、実際は決して経験科学の実証を受け入れようとしない態度がしばしば見受けられよう。

「帝国主義論」はユダヤ民族主義者レーニンの煽戦理論

レーニンはユダヤ人であり熱烈なユダヤ民族主義者であった。この点はマルクスに劣らないだろう。

レーニンというと、革命家と誰もが考えるだろう。しかし実際は、煽戦家というべきであろう。レーニンといえば「帝国主義論」である。全文の中のただ一行、「帝国主義諸国間の戦争は不可避である」という点に注目しさえすればよい。

レーニンが「帝国主義論」を書いた目的はただこの一点にあるのである。

その目的は、戦争というものがユダヤ民族の解放事業に最も有効な手段であるということにつきる。

19世紀のマルクスの持ち出した内部抗争による国家の転覆という手段よりも、ずっと手っ取り早い手段が戦争なのである。戦争で国家が疲弊したどさくさが一番の変革、解放事業のチャンスであるということである。日本の戦後改革もこのパターンである。

GHQのニューディーラーの戦後処理計画

日本の戦後史はユダヤ人が演出した

まことに不思議なことであるが、よく考えてみれば論理的に辻褄が合わないことでありながら、その論理的不整合が今まで全く研究されていない問題が日本に存在するのではないか。

それは、日本共産党が占領当初、アメリカ占領軍を「解放者」であると規定したことである。アメリカが資本主義国であったという事実を如何にして矛盾なく論理的に整合させることが可能なのか。

これは戦後史研究上の最大の問題点であるはずなのに、この問題を解明しようという試みは未だなされていないようである。

私はここで率直にこれらの日本の戦後史を創ったのがユダヤ人であり、それが実に恥ずかしいほどの我々の無知に基因しているものであることを告白し、我々の「信じ難いほどの頭の悪さ」をお許しいただきたいのである。

日本人は、その戦後史の顕著な跛行性、経済面の驚異的な高度成長と精神衛生面の硬直化、停滞性、虚妄性に深く悩まされているのではないかと考える。

戦前日本にあった世界に冠たる長所、美徳はあとかたもなく消されてしまった。

現在までのところ確実にいえることは、日本人はいまだこの戦後史の180度転換の真の原因について盲目同然であるということである。

日本人は大変困難な二元論的思考を強いられているのではないだろうか。

つまり、戦前のいいものを消したのが、民主主義といわれる戦後持ち込まれた制度ではないのかという疑問と、民主主義は一点も誤まることのない善玉の神であると盲信させられているところからくるジレンマである。

日本では「民主主義」は全く聖域に祭り上げられている。戦後70年を経た今でも、日本では「民主主義」を批判しようものなら、それこそ袋叩きに会うこと受け合いであろう。

世界中で云々されている「民主主義」というものは、実は我々ユダヤ人が創作したものである。

戦後の占領改革が始まるや否や、「民主主義」「自由」「平等」を日本人の頭に植えつけることに成功したのであった。

日本共産党の教えてくれる“2つのアメリカ”

今日共産党が規定している「帝国主義」のアメリカと、終戦直後日本共産党が規定した「解放者としてのアメリカ」、これの意味するところは非資本主義的アメリカということである。現実に社会主義化は行なわなかったが、数々の左傾化政策等を行ないその後遺症は今に及んでいる。

このことをもう一つ別の角度から考えてみよう。

戦後数年して、アメリカでマッカーシズムといわれる嵐が吹き荒れた。普通「赤狩り」といわれるものである。この時「非米活動調査委員会」というものがつくられた。この非米活動というのは内政、外交両面におけるアメリカの国益に反する政治活動という意味である。

この非米活動というのは具体的にはルーズベルト政府、即ちニューディール派を指すものである。

内政においては資本主義国アメリカで明らかに共産主義政策と考えられるような極左政策を行ない、外交、軍事面ではアメリカに何ら利害関係のない対独戦に強引に引きずり込むという過激な政策を行なったニューディール派は、戦後処理においてもヤルタ条約によりソ連を極端に利し、対中国政策でも失敗し、中国大陸を完全に失うことになった。

また対日戦後処理においてもこれから問題にする如く極左政策を実行し、日本資本主義の基礎を崩さんばかりの変革を行なった。

これらは資本主義国アメリカの国益に合致するものとは決していえないものである。アングロサクソン系を中心とするアメリカの支配層は、長い間のユダヤ支配から脱出するため遂に立ち上がったのである。

これがマッカーシズムの本質である。いわばアングロサクソン革命である。

ここでいうところの「赤狩り」とは「ユダヤ狩り」に他ならない。これにより、ニューディール派は完全に息の根をとめられ、以後「名存実亡」となるのである。

以上の点からみても、ユダヤのアメリカとアングロサクソンのアメリカと2つあったといえよう。

ユダヤ系のアメリカというものがアメリカの真の国益に関係なく行動するものであったことは疑いのない事実であった。

ニューディーラーの操り人形だったマッカーサー

典型的な軍人といわれたマッカーサーも、現実にはこのニューディーラーに組みしていた。

軍人であるマッカーサーは、政治には弱かった。当時東京のGHQへ送られる諸々の指令は、トルーマン大統領以下閣僚の全く関知しないうちに国務省の秘密グループから発せられていた。

政府中枢がもう少し気を配っていたら、このようなことにはならなかったと思われる。

この国務省の覆面グループと呼ばれる秘密組織は、つまるところニューディーラーの残党に他ならなかった。

トップの目をかすめて送られてくるこれらのニューディーラーの指令を逐一実行に移していたのが、無知な軍人マッカーサーであった。

有名なFEC(極東委員会)230号といわれるニューディーラーから送られた指令は、財閥の解体から始まって独占資本を日本共産党の息のかかった労組などに二足三文で払下げることや、

革命行為があっても見て見ぬふりをしろといったロシア革命もどきの極左政策を命令していた。

何も分らないマッカーサーは、そのような下部の一部グループから送られた指令を忠実に実行していたのであった。

直接手足となってこれを推進したのは「GS」といわれる民政局のホイットニーや、憲法の作者であるチャールズ・ケーディスであった。

GHQのニューディーラー

ニューディーラーは事実上、初期のGHQを思うがままに牛耳っていた。

日本で先ずやったことは、天皇制とそれに関係ある問題の変更であった。

東洋の一角に燦然と輝く日本の国体というものは、ニューディーラーにとっては打倒目標の最たるものと映ったのであった。

第一次大戦の結果、欧州の3つの王国、ドイツ、オーストリア=ハンガリー、ロシアは見事蹴落とすことに成功した。

残るは日本の国体だけである、と少なくとも彼らは考えたのであった。

そのため、彼らは先ず天皇制に附随する問題の改革に力を注いだのである。外濠から埋めていこうというわけである。

先ず、日本の国体と密接に関係のある教育における去勢作業から始めたのであった。修身、歴史(問題とされるのは、日本の皇国史観)の授業を禁止する措置をとった。

修身とは他国には絶対見られない学科であった。

これは「君民共治」という人類の理想を具現化したものへ導くための基礎的な教育である。

ニューディーラーはいまだ、天皇制が「君民共治」の理想のただ一つの具現化されたものであるということを知らなかった。

真に恥ずかしい話である。そのためこの修身科を先ず崩すことから始めたわけである。

ついで歴史である。皇国史観は「君民共治」を軸として構築されたものである。

国家破壊の最大障害として天皇制を崩壊させることしか頭になかったのだ。したがって天皇制を基調とする皇国史観を敵視したのであった。

創造力の去勢── ○×式思考法

教育改革において一般論的な要素として最も重要なことは、○×式思考法を植え込んだことにあろう。

この○×式は別章で説明した通り、ルーズベルトが戦時動員のため採用手続の簡略化という名目で一般化させたものである。もともと、ユダヤ的思考法の二元論に他ならない。

日本の教育界でも、これを戦後もって来られた時驚いたものであった。なんたる単純思考か。しかし精神的空白状態にあった当時の日本では、しらずしらずのうちに消化されていったのであった。

しかしこの方式は、何よりも創造力を去勢するという欠点をもっていると言わなければならない。
問題の選択ができない。
与えられたものの中からしか答を選べない。
問題に提起されたものよりはるかにいい考えがあっても、それを答として選ぶことはできない。

これでは創造力は奪われるであろう。

さらに、依頼心の強い人間をつくることにもなる。つまり、あまり努力をしないでも何分の一かは正解の確率が潜んでいるわけであるから、思考力も弱り、逆にギャンブル性が強くなろう。

次に、ニューディーラーは階級闘争の激化につながる労働運動を盛り上げた。

ここで是非とも強調しておかなくてはならないのは、憲法に実体法に属する団体交渉権を挿入していることである。

国家的意志統一のコーディネーターであるはずの一国の憲法に労働運動の強化を促すような条項を入れるとは、非常識極まるものである。この階級闘争の激化は戦後の日本の経済発展に大きな犠牲となっている。

しかしこれらはほんの氷山の一角にすぎず、日本を蝕む最も大きな病根は東京裁判と日本国憲法にあるのである。

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